木馬の騎士(2)

 

「まったく、お兄さまのせいで、お父さまもお母さまもケンカしてばかりでたいへんなんですよ」
 数日後、学園に顔を見せたカメ子が、しんべヱに文句を垂れている。
 忍たま長屋のしんべヱたちの部屋に端座したカメ子は、確かに怒ってはいるが、その口調には、困惑も混じっている。それは、兄の突拍子もない申し出が本気なのかどうかを図りかねるところから生じたものだった。
「そっかぁ…どうりでパパからの返事が遅いと思ったんだ」
「そういう問題じゃありません!」
 カメ子の小さな拳が、床を叩く。部屋にはしんべヱとカメ子の2人きりである。部屋を訪れたカメ子のただならぬ様子に、乱太郎ときり丸は遠慮して外していた。しんべヱとしては、側にいて欲しかったのだが。
「ど、どういうこと?」
「お兄様がへんなことをおっしゃったことが、そもそものはじまりではないですか! ご自分がなにをしたのか、もっと自覚してください!」
 5歳の妹にそこまで言われてしまっては、しんべヱも顔色がない。
「カメ子、お兄ちゃんにむかってその言いかたはなんだ! お兄ちゃんはまじめに…」
「どうするおつもりなんですか?」
 冷静かつ容赦ない突っ込みに言葉が詰まる。
「どうするって…?」
「結婚がどうのということは、お父さまやお母さまがきめられることです! お兄さまがかってにきめていいことではありません! …では」
 言い捨てたカメ子は、傍らの風呂敷包みを持って席を立つ。
「あ、カメ子…その包みは?」
「お兄さまのではありませんから」
 カメ子の口調は冷たい。
「え? …なにが入ってるの?」
「南蛮のボーロです。中在家さまへのおみやげです」
 では失礼します、と立ち上がりざま襖をぴしゃりと閉じたカメ子は、一転、軽やかな歩調で図書室に向かう。

 


「今日は、実習授業を行います」
 くノ一教室に、山本シナのきびきびとした声が響く。
「くノ一には、男性にはない強みがあります。それは、男性が警戒心を解きがちになるということです。それを生かさない手はありません。相手の油断を誘い、目的を果たすということは、くノ一に求められる基本的な能力であるともいえます。そこで…」
 シナは言葉を切った。
「今日は、少し高度な実習に挑戦してもらいます。相手の懐の文書を手に入れ、その内容を写してから、また相手の懐に戻すというものです。よろしいですね」
 

 

「いらっしゃいませ~、おいしいお茶はいかがですか~」
「できたてのわらび餅も、おいしいですよ~」
 茶屋の店頭で、ユキたちが街道を通る旅人たちに声をかける。山本シナの実習授業で一番手を引き当てたユキたちは、茶屋のアルバイトとして、立ち寄る客の懐の文書を狙うことにしていた。
「茶をくれ」
 一人の侍が、縁台に腰をおろす。
「はい! お待たせしました~」
 盆に湯飲みを載せたユキが、軽快に歩み寄る。と、そこへ別の客を案内していたおシゲが現れる。盆を持っていたため小柄なおシゲの姿に気づくのが遅れたユキは、おシゲの身体にぶつかり、足をもつれさせながら縁台に背を向けて腰掛けている侍に、茶を載せた盆を持ったまま倒れ掛かる。盆から離れた湯飲みが、侍の背中に向けて放り出される。
「ああっ!」
 ユキの悲鳴に似た声に振り向いた侍も、だしぬけに自分に向けて飛来する湯飲みに、思わず身体が硬直する。
「うあっっちぃ!」
 次の瞬間、まともに茶を浴びてしまった侍が、大仰に声を上げる。
「何をする!」
「も、もうしわけありません!」
 慌てて手拭いを濡れた着物に当てながら、ユキが平身低頭する。おシゲも手伝う。
「お火傷は、だいじょうぶでしょうか…」
 おどおどと上目遣いに見上げるユキに、侍の怒りもそがれたようである。
「気をつけるのだぞ」
「は、はい! すぐに代わりのお茶をお持ちしますので、少しだけ、少しだけお待ちくださいませ」
 侍の着物を拭うのをおシゲに任せたユキは、慌てて奥へと下がる。そして、物陰に控えていたトモミに、懐から抜いた文書を手渡す。
「あれま! あんたたち、お客さんになんてことしたの!」
 茶屋の老婆が騒ぎに気づいて声を上げているスキに、トモミは裏口にまわり、素早く文書を写し始める。その内容に軽く眉を上げながら。

 


「あ、あの、お客さま…」
 代わりの茶を飲んでいた侍のもとへ、遠慮がちにやって来たのはユキとおシゲである。
「なんだ」
「先ほどはたいへん失礼いたしました…あの、お詫びといってはなんですが、当店名物のわらび餅をサービスさせていただきたいのですが…」
「ほう、わらび餅か」
 侍の表情が緩む。
「もらおうか」
「はい! どうぞ、お召し上がりくださいませ」
「お茶のお代わりもお持ちしました」
 ユキとおシゲが茶とわらび餅の載った皿をならべる。おシゲが湯飲みを傾けそうになり、侍が一瞬ぎょっとした表情を見せた瞬間に、文書はふたたび懐に戻されていた。

 


「たいへんよくできました」
 物陰から一部始終をチェックしていた山本シナが、満足そうな笑顔で言う。ほかのくノ一たちから拍手が上がる。得意げな表情を隠しきれないユキとおシゲの傍らで、考えこむように軽く眉を寄せたトモミがいた。
「ねえ、トモミちゃんどうかしたの?」
「そうでしゅ。せっかく先生からほめられたのに、ちっともうれしそうじゃなかったでしゅ」
 放課後、なおも物思いにふけるような表情のトモミに、ユキとおシゲが声をかける。
「うん…実はね、さっきのお侍がもっていた文書が…」
「え? まだ先生に提出してなかったの?」
 ユキが口に手を当てる。
「そう。ちょっと気になることが書いてあったから、ユキちゃんとおシゲちゃんに読んでもらってからにしようと思って」
「気になる?」
「なんて書いてあったんでしゅか?」
「これなんだけど」
 トモミが懐から出した文書の写しを、ユキとおシゲが覗き込む。
「なにこれ?」
 最初の数行を読んだところでユキが顔を上げる。
「そう。これ、どうみても福冨屋さんにもぐりこんでいる人あてに任務を指示するための文書でしょ」
「あの文書を持っていたのはお侍…てことは、どこかのお城ってこと?」
「きっとそう」
「続きを読んでみましょ」

 


「…なんか、まずいことになってきたわね」
 腕を組んだユキが当惑したようにいう。
「そうね…そういえばおシゲちゃん、しんべヱから、あの手紙の後なにかあったか聞いてる?」
 トモミが訊く。
「いいえ。なんにも言ってきてません」
「そうか…」
「でも、この文書が本当ならば、福冨屋さんはしんべヱをおシゲちゃんと結婚させてもいいと考えてることになるわ」
 文書は、福冨屋がしんべヱの許婚におシゲを考え始めていることについての詳細と、福冨屋が各地の城に卸している武器の詳細について報告を求めていた。
「これだけじゃどこの城かも分からないけど、そもそも城が福冨屋さんの跡継ぎの結婚に関心を持っているってこと自体がちょっとおかしいと思わない?」
 トモミが仔細らしくあごに手を当てる。
「あるいは、相手が学園だから、関心があるのかもしれないし…」
 ユキがつぶやく。
「それって、私のことでしゅか?」
 おシゲがあんぐりと口を開ける。
「そう…とにかく、こんなところで悩んでる場合じゃないわ。先生に相談しましょ」

 

 

「あなたたち、たいへんな文書を写してしまったものね」
 文書を一読した山本シナは小さくため息をついた。
「…はい」
 シナの部屋を訪れた3人は、写し取った文書を提出したところだった。
「とにかく、あなたたちには2つ守ってもらわなければならないことがあります」
「なんでしょうか」
「今後、課題の文書はすぐに提出すること。それから、このことはあなたたち3人限りのことにして、他の人には口外しないこと。いいですね」
「あの…」
 ユキが上目づかいに見上げながら小さく手を上げる。
「なんですか」
「この文書には、しんべヱとおシゲちゃんの結婚のことが書いてありますが、2人の仲がいいことなんてみんな知っていることですし、どうして秘密にしないといけないのでしょうか」 
「わかりませんか」
 文書をたたんで懐に収めながら、シナはふたたびため息をついた。
「…すいません」
「文書の出所が悪すぎるからです」
「出所…って、山本先生は、この文書がどこの城のものか分かるのですか?」
「分かります。この文書は、ベニタケ城の者が書いたものです。きっと、福富屋さんに、手のものを潜らせているのでしょう」
「でも、そんなことが、どうして…」
「この文書を持っていたお侍をきちんと観察すればわかることです」
「あのお侍が…?」
「刀の鍔に、ベニタケ城の紋章を透かし彫りにしていましたよ」
「ははあ」
 ユキたちは嘆息する。すぐそばで観察できたにもかかわらず、文書をうまく抜き取ることに夢中で、そこまで観察する余裕がなかった。
「まあいいでしょう。文書をうまく手に入れられただけでも今日のところは合格です。今後は、こういうところにも注意するようにしましょうね」
「はい!」
 では、学園長先生にご報告してきます、とシナは立ち上がって歩き去った。部屋に取り残された3人が、ふいに同時に膝を叩く。
「あっ!」
「しまった!」
「「どうしてベニタケ城の文書だと都合が悪いのか訊き忘れちゃった!」」

 

 

「カメ子!」
 数日後、ふたたび学園にカメ子の姿があった。
「あ、お兄さま」
 木陰で乱太郎たちと寝そべっていたしんべヱが駆け寄るが、カメ子は心ここにあらずといった態である。
「やあ、カメ子ちゃん」
「あ、乱太郎さま、きり丸さま。ごぶさたしております」
 笠を取って頭を下げるが、その眼はそわそわと泳いでいる。
「また、中在家せんぱい?」
 その態度から用件を察したしんべヱがむすっと言うが、カメ子は気にも留めない。
「はい! めずらしい南蛮のお菓子が手に入りましたので、ぜひ中在家さまにめしあがっていただこうと…あ、その前に、学園長先生にごあいさつしなければ。ではお兄さま、乱太郎さま、きり丸さま、またあとで」
 最後は機械的に頭を下げると、足早に学園長の庵へと向かっていくカメ子だった。
「ったくカメ子ったら…さいきん、中在家せんぱいのことばっかり!」
 しんべヱが鼻息荒くその後ろ姿を見やる。
「カメ子ちゃん、中在家せんぱいのことがだいすきだもんね」
「ったく、変わってるよな…おなじ委員会のおれでもちょっと不気味なせんぱいのことが『かわいい!』なんてさ」
 きり丸が肩をすくめる。
「まあしょうがないよ。それより、はやく昼寝しよ」
 木陰に戻っていく乱太郎に、頭の後ろで腕を組んだきり丸と、今回も実家からのお菓子を食べ損ねて肩を落とすしんべヱが続く。

 


「ほう。福富屋さんからの文か。これはカメ子ちゃん、ご苦労だった」
「いえどういたしまして。ではたしかにお渡ししましたので、失礼します」
 一礼したカメ子が立ち上がろうとしたとき、大川が声をかける。
「ああ、カメ子ちゃん。わしからも福富屋さんに返事がある。帰りに寄ってくれんかね」
「はい! かしこまりました!」
 もう一度一礼すると、カメ子は楚々と立ち上がって庵の襖を閉じる。それから足取りも軽く図書室へと向かった。

 


 -それにしても、カメ子ちゃんをつかうとは、福富屋さんもやりよるわ。
 文を広げながら、大川は考える。
 -たしかに危険は少ないが。
 いま、大川と福富屋の間にやり取りされている文は、現在辛うじて保たれている諸勢力の力の均衡を突き崩す恐れのあるものだった。諸方の城は、ふたたび軍備の増強に走り始め、堺から多くの火器の調達に動いていた。そして大川のもとには、各地の軍勢の動きが急速に大きくなり始めている情報が届いていた。
 -なぜじゃ。このタイミングで。
 こういう時には、情報戦も活発化する。おそらく、ベニタケ城のように福富屋に手のものを潜らせることに成功したいくつかの城は、福富屋が誰と活発な情報のやり取りを行っているか、内部から眼を光らせていることだろう。当然、忍術学園がその先に入れば、それはすぐさま派遣元の城に伝えられ、それがさらに別の動きを生じることになる。だからこそ、余計な連鎖反応を生まないためにも福富屋と忍術学園の連絡が活発化している兆候をつかまれてはならなかった。
 兄のしんべヱよりよほどしっかりしているとはいえ、カメ子は5歳である。福富屋の中では、どうやら初恋の相手である中在家長次への思いをおおっぴらに語っているらしい。何かと理由をつけては学園に行きたがるカメ子に閉口している風を装いつつ送り出しているうちは、福富屋内部に潜った者も、その隠された任務に感づくことはないだろう。
 -それはいいとして…。
 山本シナから報告のあったベニタケ城の侍が持っていたという書状の内容も気になるところだった。福富屋の火器の取引状況の報告を求めるのはいいとして、なぜ福富屋と学園の間の婚姻に関心を示しているのだろうか。
 -たしかにおシゲとしんべヱは恋仲だ。だが、まだ許婚がどうのという段階ではないし、福富屋からそんな話もないのに、なぜベニタケ城はすでに決まった話のように扱っている…?
 だがそれは、少し引いた眼で見るべき話かもしれなかった。
 -あるいは、ベニタケ城はこの縁組話に介入するつもりなのかもしれぬ。
 とすれば思い当たる節がないでもない。
 -ベニタケ城主の嫡子は二人ともすでに元服して妻を娶せている。だが、庶子も何人かいたはずだ…寺にでも入れるつもりかと思っていたが、別の活用法を見つけたということか…。
 たとえばおシゲと娶せるとか、ということであろう。
 -それなら関心を持つ理由も分かろうというもの。
 であるとすればどうすべきか。
 -当面はフリーハンドをアピールするほかあるまい。

 


「ねえ、どうしてベニタケ城の文書だと都合が悪いと思う?」
 くノ一教室で頭を寄せ合って話し込む三人だった。
「待って。まず事実から整理しましょ」
 トモミが口を挟む。「そもそもベニタケ城のお侍が持っていた手紙には二つのことが書いてあったわ。ひとつは諸国の武器調達の話。もうひとつはしんべヱとおシゲちゃんの結婚の話に福富屋さんも乗り気だって話」
「しんべヱのお母さんは反対みたいだけどね」
 ユキが付け加える。
「つまり福富屋さんにベニタケ城の手下が潜り込んでいるっていうことなんだろうけど…武器調達はともかく、わざわざしんべヱの縁談のことを報告させるって変だと思わない? だってしんべヱはまだ10歳よ?」
「…ていうか、この話って、そもそも私たちがしんべヱにおシゲちゃんと結婚したいってい言わせたことが始まりじゃない…?」
 トモミの分析はもっともだが、それ以上にそもそもの発端が自分たちだということに思い至ったユキがためらいがちに言う。
「それはそうかも…」
 トモミも考え深げに頷くが、すぐに顔を上げる。「でも、そうしなかったらおシゲちゃんがどこかの城主の息子と結婚させられるところだったってのがそもそものそもそもでしょ?」
「そういやそうね…」
 ユキも納得したように頷く。「てことは、ベニタケ城も公認したってことはいいことってこと?」
「もう、ユキちゃんもトモミちゃんもしっかりしてください!」
 たまりかねたおシゲが声を上げる。「わざわざそんなことを報告するってことは、なにか考えがあるってことにきまってるでしゅ!」
「そうかなぁ」
 腕を組んだユキは思案顔である。「そういう事実を報告した、ってだけの可能性もないかしら。福富屋さんくらいの大商人なら、跡継ぎの結婚相手が誰かってことも大事な報告事項だと思うけど」
「私もそう思う」
 トモミも頷く。「おシゲちゃんが心配するのもわかるけど、ちょっと考えすぎじゃない?」
「だといいんでしゅけど…」
 心配げにうつむくおシゲだった。

 

 

「これはこれは。わざわざ学園にお越しいただくとは」
 学園長の庵で、大川は客人に茶をたてていた。
「いつも忍術学園には世話になっておりますからな」
 悠揚迫らざる空気を漂わせている客人は、マイタケ城の重臣である。
「佃弐左衛門殿は息災ですかな」
「はい。大川殿にぜひよろしくと承っております」
「いたみいります」
 畳の上に茶碗をすべらせながら大川はさりげなく続ける。「して、本日のご用向きは」
「ドクタケ城があいかわらず妙な動きを見せております」
 ずず、と茶をすすると、客人は小さくため息をつく。「わがマイタケ城もそろそろ忍者隊の増強を考えねばならないのかも知れない。だが、ご存じのとおりわれらはさほど大きい城ではない。自ずと限界もあろうというもの」
「なるほどの」
 大川は頷く。自分たちの城の忍者隊の適正規模を知りたいということなのだろう。
「私の経験からいえば、忍とは量より質であろうの」
「ほう、質とな」
「さよう」
 もったいぶったように大川が言葉を切る。「一人の優秀な忍は、十人の凡庸な忍に勝るといいますからな…特に若くて優秀な忍は、値千金の働きをするであろう」
「大川殿の生徒にも有望株がいると?」
 学園の生徒のさりげない売り込みに、客人も付き合い程度に話を合わせる。
「いかにも。特に最上級生は厳しい修行と実戦経験を積み、プロ忍者に限りなく近いところまできておる。ぜひご覧いただきたいところじゃ」
「殿にお伝えしておきましょう。大川殿としては、経験者採用よりも新卒採用をお勧めのようだと」
 あっさりと、かつあけすけに言うや、客人はするりと話題を転換する。「それにしても、各地の城や忍者隊に卒業生を就職させるのも大変でしょうな。大きい城であれば自前で忍者を育成するでしょうし、われらのような小さい城ではそもそも採用する人数も知れてますからな」
「われわれは少数精鋭でやっておりましてな」
 忍の採用ならば人事担当を寄越せば済むところを、マイタケ城の重臣がわざわざ訪れて学園の卒業生の就職事情に関心を抱くとはどのような料簡だろうか。いぶかしく思いながらも大川は続ける。「個々の城や忍者隊は一度の採用枠も小さいが要求水準は高い。われわれはそれに応じた卒業生を育てているが、そのぶん育てられる人数は限られる。うまくしたものじゃ」
「大川殿の孫娘御も学んでおられるとか」
 客人のぽつりとした問いに一瞬眉を上げた大川だったが、すぐに城主の佃に自慢したことを思い出して続ける。
「血は争えぬようですな…本人なりに往年の天才忍者の孫という自負があるのでしょう」
 つい自慢を織り込んでしまう大川である。
「それは祝着ですな」
 如才なく頷きながら客人は続ける。「しかし、そろそろ結婚相手を考えなければならない年齢ではありませんでしたかな?」
「まさか。おシゲはまだ11歳ですぞ」
 いきなり何を言い出すのかと驚く大川だった。
「11歳なら決して早すぎるわけではありますまい」
 平然と客人は続ける。「相手の元服に合わせて娶せるとして、相手より2~3歳年下と考えれば11歳はむしろ適齢期ではありませんか」
「そこまで仰るからには、目星をつけた相手がいるということなのでしょうな」
「いかにも」
 客人が大きくうなずく。「ベニタケ城主のご子息で元服を控えている若君がおりましてな、よい妃がねがないかと殿に相談があったのですが、年齢と身分が釣り合う姫君として思い当たるのは大川殿の孫娘御しかあるまいとの仰せでしてな」
「つまり佃仁左衛門殿がおシゲを推薦したと?」
「さよう」
 落ち着き払って客人は応える。「いかがですかな」
「降ってわいたようなお話ですのう」
 いかにも当惑したように大川は腕を組む。
 -ベニタケは福富屋さんがおシゲとしんべヱを娶せてもいいと考えていることを知っている。それをあえてマイタケ城を巻き込んで話を持ってくるとはどういう意図だ?
 考えうるとすれば、この縁談に割り込むということなのだろうが、それはなぜだろうか。
 -学園と福富屋さんが結びつくのを嫌がる理由がベニタケ城にあるというのだろうか。
 ベニタケ城は山奥にあるぱっとしない城である。それほど各地の武器調達に関心をもつようにも思えない。そもそもタソガレドキ城の圧迫を受け続けて半ば属国化しているベニタケ城に、そのような情報を仕入れても活用できるほどの余裕があるようには思えなかった。
 -あるいはどうしても忍術学園との関係を強化したい理由があるというのか…?

 

 

 

 

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