REGO~脱出~

 

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 寺のものにそっと訊ねると、横山大弐と名乗る使者は、出されたものに手をつけることなく、長時間身じろぎもせず待っているという。ただの家司だろうか、と疑問がうかぶ。
「どうも、長時間お待たせしまい、申し訳ありません」
 横山が待つ部屋に入ると、福冨屋はまず畳に手をついた。
「いや、こちらこそ急に押しかけたにもかかわらず、お時間を作っていただき、恐縮です」
 慇懃に横山が返答する。
「ところで、たいへんお急ぎのご用向きとか。さっそく伺ってもよろしいですかな」
「はい。実は」


 
 横山の用件とは、六条前大納言家の領地で、年貢の取立てを強化したところ、領民の一向宗徒が一揆を起こし、前大納言家の代官を追い払ったうえに、首謀者や多数の領民が石山本願寺領に逃げ込んでしまったので、本願寺と交渉して首謀者と領民を戻すよう交渉したが埒が明かない。そのため、福冨屋に交渉の口利きをしてもらいたい、というものだった。言外に、福冨屋が調停してくれるのを期待している。
 -なんと虫のよいことよ。
 福冨屋に相談したのは、石山本願寺に多数の武具をはじめ多くの輸入品を納入していることから、政治的、経済的つながりの強さを期待してのことだろう。それは事実だったし、おそらく福冨屋が交渉すれば本願寺側としても何らかの対応はしてくるだろう。だが、福冨屋には、前大納言家の側に立つなんのメリットもなかった。
 -で、なんの見返りをお示しになるおつもりか。
 当然、福冨屋がそのような危険な交渉に乗り出すからには、それなりの見返りが必要だった。本願寺領に逃げ込んでいるのは、なにも前大納言家の領民だけではない。各地の大名や公家や寺院の領地から、一揆勢や逃散した一向宗徒たちが多く逃げ込んでいた。ここで前大納言家だけに有利な計らいをすれば、他の大名家や公家や寺院が黙ってはいないし、本願寺側も、宗徒からの突き上げを食らってしまう。なにか、よほど強力な見返りと、周囲を納得させられるような理屈がなければ、福冨屋といえども動けない。うっかりすると、堺の町そのものの政治的立場が危険にさらされてしまう。
 -さて、そのような見返りと理屈を、用意されているのですかな。
 横山の口からは、意外な事実が飛び出した。

 


「先日、播磨の黒松殿のお城が、原因不明の火災に遭われたとか」
「ほう」
 半助を救出した下島一門と穴太衆の仕業だろう。救出したとは聞いていたが、少々荒っぽい手を使ったようだ。だが、そのようなことをなぜ話に来るのだろうか。
 -例の忍のことか。
 いやな予感がした。
「その際、黒松殿のもとにいた囚人どもが多数、逃走した由です。そのうち一部は、沖に停泊していた室津の船に逃げ込み、そのまま石山本願寺に向かったとか」
 その報告は、まだ受けていなかった。が、横山が半助の件で福冨屋を動かしにきたことは、明らかだった。
「黒松殿は、すぐに追っ手を出しましたが、室津船はもうすぐ石山に入るということで、黒松殿は摂津沖を海上封鎖する由でございます」
 これは、もうひとつ厄介な出来事だった。摂津沖を海上封鎖されると、京から淀川河口の神埼を結ぶ水運との接続が絶たれるということになる。大消費地である京との水運が閉ざされるということは、京にとっても一大事だが、福冨屋のような水運に携わる者にとっても大打撃である。
「それは、きわめて困った事態ですな」
 とりあえずは、鷹揚に眉根を寄せてみせる。本心の動揺は決して悟られない自信はある。
「ところで、その室津船に、忍の者が紛れ込んでいるとのこと。特に堺のある商人が雇った忍がいるということで、黒松殿をいたく刺激しているとの由」
 横山のほうも、負けず劣らずポーカーフェイスである。
「それは容易ならざる事態ですな」
「このままでは、畏れ多くも主上(うえ)のおん足元が騒がしくなってしまいます。京への水運の確保のためにも、摂津の海上封鎖を解いていただくよう、黒松殿にお願いをするのに、堺のお力をお貸し願いたい」
 -そうきましたか。
 京の政情不安は今に始まったことではないので、「おん足元が騒がしくなる」など片腹痛い言い草だったが、ビジネスとしては見過ごすことのできない事態だった。また、その原因が福冨屋の放った忍だということが周知のことになることも、その背後関係は隠しおおせたとしても京の諸勢力につけ入る隙を与えることになり、望ましくなかった。
「わかりました」
 福冨屋は営業スマイルを浮かべながら言う。
「…それでは、黒松殿に、神崎との水運を再開していただけるよう、お願いするとしましょう」
「…は」
 いや、そうではないだろう、という表情の横山をスルーしながら、福冨屋はにこやかに続ける。
「本願寺殿にも、いろいろお手を煩わせることになりそうですな」

 


 -まずは、前大納言殿が動かれたのは、自家の都合のようですな。
 店に向かいながら、福冨屋は考える。京方で妙な動きが発生して、前大納言が動いたのではないらしいことが分かっただけでも、厄介の度合いはかなり軽減される。
 -だが、油断はできない。
 崎浜家と関係の深い会合衆のメンバーを使って調べさせたほうがいいだろうか、と考えかけたが、その必要はないという結論にすぐに達した。今回の海上封鎖がきっかけで一気に情勢が流動化すれば、全てがリセットされる可能性が高かった。そのとき、大名たちの合従連衡がどう動くか、今の段階で読むことは困難だった。
 -さて、当面、考えなければならないことは、本願寺殿とのお話ですな。
 店に着いた。
「本願寺殿への納品状況を至急調べてほしい。あと、本願寺殿が他のルートから武具をどのくらい仕入れているかも」
 奥座敷におさまった福冨屋は、さっそく手代に指示を出す。
「ここ半年ほどの納入状況です」
 まもなく手代が帳簿を持って現れた。
「あと、こちらが、わたしたちの知る限りの、武具の調達状況です」
「ご苦労だった。どれどれ」
 -意外と少ないな。これでは、黒松殿の海上封鎖に形ばかりも対応するのは難しいのではないか…ということはだ。
 ちかいうちに、本願寺は堺に武具の発注をかけてくるだろう。

 


「あれは、黒松殿の船団ですな」
「なぜ、今、黒松殿がわれらに手を出してくるのだ」
 石山本願寺では、突然黒松から届いた海上封鎖宣言の文書に動揺がはしっていた。さらに、文書を追いかけるように、沖に黒松の船団が姿を現した。
「このまま、戦に持ち込むつもりか」
 黒松が脅しをかけてくる理由はいくつもあった。黒松領内の一向宗が一揆を起こしては本願寺領に逃げ込んでいたし、田畑を逃散した百姓たちも同様だった。また、一向宗の門徒は、黒松領内でも急激に増加しており、門徒たちはすなわち、明日の一揆勢といえたのだ。
「しかし、それだけで、いきなり海上封鎖をしてくるでしょうか」
 殿原の一人が呟く。
「そのことについては、黒松からの文書に書いてあるのではあるまいか」
 別の殿原が声を上げる。
「まあ、いろいろ書いてはある…黒松の領内から逃げ込んだ一揆勢を引き渡せだの、一揆の影響で未進となった年貢を弁償しろだの…」
 黒松からの書状を手にした別当が肩をすくめる。
「そんな要求に応じられるわけがあるまい!」
 殿原たちが床に拳を打ち付ける。
「この文書にある『今後入港予定の船の一切入港を認めず』とは、どういう意味か」
 権別当が文書に眼を通しながら訊く。
「今のところ、入港予定となっているのは、室津のチャーター船だけですが」
「しかし、あの室津船には、武具や火器は積んでいないはず」
「はい。食料や用材などを荷揚げする予定ですが」
 -食料を止めるつもりではあるまい。
 石山本願寺は、浪速の平野を後背地に抱えている。海からの物資搬入が途絶えても、多少コスト高とはいえ、陸路からの供給で食料や用材を賄うことはいくらでもできる。それに、黒松の海上封鎖の対象は堺には及んでいない。つまり、堺からの生産された鉄砲をはじめとする武具や輸入された硝石を陸路で搬入することも十分可能である。それではなぜ。
「いったい、あの船になにがあるというのだ」
「ともかく、伝馬船を出して、事情聴取しましょう」
「黒松への返答も考えねば」

 


「して、福冨屋の反応はいかがであった」
 鷹揚に扇を使いながら、六条前大納言は呟くように口を開く。
「は…それが」
 目の前の横山の様子を見れば、あまりよい返事が期待できないことは明らかだった。
「まったく堺というところは…」
 声も扇を使う手の動きも大きくなる。奥座敷によどんだ空気も、こもる蒸し暑さも、なにもかもが気に入らなかった。
 -はやく京に戻りたいものよ。
 秋も近いというのに、堺という土地にいては、その情趣を感じ取ることもできない。昼間は暑くても、京であれば、朝晩にはしっとりとした霞が山から降りてくる気配や、庭先からかすかにきこえる虫の声に、秋をそこはかとなく感じることができた。季節の変わる気配を鋭敏にとらえることができた朝には、歌のひとつも詠もうという気になったものである。
 それなのに、もともと海辺の砂洲の上にできた堺の町は、陽が昇ってから落ちるまで、ひたすら陽射しが照付けるばかりだった。空気までも塩辛いような気がして、なにもかもが野卑で気に食わなかった。
 -その昔、融大臣が塩竃の故事を再現されたのは、やはり再現だから趣があるのであって、現に海べりに行ってしまっては、ひたすら興ざめなだけではないか。
 そこまで考えてから、前大納言は、目の前に控える家司の姿に眼を戻した。とりあえずは、報告を聞かなければならない。
「福冨屋は、明らかに我らの意図を理解している様子でした。にもかかわらず、本願寺に圧力をかけるのではなく、黒松に海上封鎖を解くよう依頼すると言ったのであります」
「…ふむ」
 扇を使う手が止まる。
「それは、福冨屋の作戦じゃの」
「私もそう思います」
 大弐が返す。
「少なくとも福冨屋としては、忍を放って黒松の領内を探らせたことが公になっては困るはず。ましてやいささか手荒な手段をつかってまで取り戻したとあれば、それ相応の情報をつかんでいるはず。その忍が本願寺に逃げ込んだとなれば、福冨屋としてもなんらかの動きを見せるはず」
「まあよい」
 ゆるりと立ち上がりながら、前大納言は呟く。
「今日のところは、こちらから挨拶に罷りこしたに過ぎぬ」
 -これからが、肝心じゃ。
 なんとしても、本願寺から領民を取り戻して、領地を建て直さなければならなかった。いつまでもこのような蛮地にとどまるわけにはいかない。そのためには、頭の悪い武家でも、金に穢い商人でも、使えるものはなんでも使わなければならない。

 


「さても、急なお話ですな」
「京方の混乱は、こんなものでは済まないでしょう」
 角屋の茶室では、まさに亭主役の角屋が、八寸を供したところだった。摂津の海が黒松勢に海上封鎖された知らせが到来した日らしくもない光景だったが、ここで慌てふためいて会合衆の臨時会を召集などせず、決められた社交行事を淡々とこなしていくのが、会合衆らしい意気だった。その実、それぞれの家の手代たちが寄り集まって情報収集や善後策の協議に明け暮れているのだったが。
「本願寺殿も、まさかここまで黒松殿が強硬に出られるとはよもやお考えではなかったでしょうに」
「しかし、これで黒松殿は、一気にお立場がお悪くなりますな」
 幸い、今日の茶事は、堺の商人たちばかりの席だったから、心置きなくひそひそ話ができた。
「それにしても、近頃、福冨屋さんの動きがますます見えにくいと思いませんか」
 大野屋がぼやく。
「まったくですな。黒松殿の御使者とお会いになったと思ったら、雑賀衆の長とも大元屋さんの茶会の後で宴をもたれたとか。堺に下ってこられた公家衆とも接触があると聞いています。いったい何をされていることやら」
 杯を懐紙で拭って角屋に手渡しながら、越前屋がうなずく。今回の、黒松と本願寺との衝突の背後に福冨屋がいるのではないかという推測は、堺の商人たちの間ではなかば公然の事実と認識されつつあった。
「それに、海鳳寺に滞在している五山の宗常殿ともよく接触されているとか」
「しかしそれは、次回の船の主幹事が福冨屋さんだからでしょう」
 角屋が、杯を干しながら指摘する。
「それはそうかも知れませぬが」
「それよりも、柏屋さんの手代が今日、本願寺に向けて出立されたそうですな」
「それはそれは。さすがお手が早い」
 大野屋の話に、越前屋も角屋もうなずく。柏屋は熱心な真宗の門徒で、当然ながら本願寺とも関係が深い。今回の事態を受けて、さっそく本願寺が発注に動いたのだろう。だが、大野屋の話には続きがあった。
「…福冨屋さんの家のものも同行されているとか」
「ほう?」
 角屋が眉を寄せる。
「まあ、たしかに柏屋さんは、火器の扱い高はあまりありませんからな」
 越前屋が呟くが、それで納得した者は越前屋自身も含めていなかった。
「福冨屋さんが本願寺殿につくということは、黒松殿と公に対立することになりますまいか」
「なるでしょうな」
 苦虫を噛み潰したような顔で返杯を空けた角屋が、懐紙で拭った杯を大野屋の前に滑らせる。
「まあ、それは仕方がないでしょう。海上封鎖は、我ら堺全体にとっても大問題。とても看過できる問題ではありません」
 越前屋は、すでにいろいろな可能性について考えを巡らせているようである。
「しかし、黒松殿に対するとしても、本願寺殿につくということは、京方からは歓迎されることではないでしょうな」
「その保険が、前大納言殿なのかもしれませんな」
「それにしても黒松殿は、どこで拳を下ろされるおつもりなのやら」

 

 

「容易ならざる事態です」
 報告を受けた下島閑蔵は、思わぬ展開に、しばし腕を組んだまま考え込んでしまった。
 数日前の報告では、いささか手荒な方法を使ったものの、無事黒松の城から半助を救出できたとのことで、ひとまず安堵したものだった。もっとも、福冨屋を通じた坂本の今津屋や穴太衆との約束があるから、表向きは事故ということにしてあったが。
 あとは、予め本願寺の物流担当者に手を回して、受け入れ態勢を整えておいた室津船に乗せて石山へ上陸させ、本願寺の荷役にもぐりこんでいた一門の者と合流させ、堺へと連れ帰る予定だった。
 しかし、黒松が海上封鎖という意表をつく手段に出たため、室津船は石山に入港できなくなってしまった。あまつさえ、今日入った情報によると、船から半助の姿が消えたという。
 -どこに行ったというのだ。半助は。
 いつ黒松の臨検を受けるか分からない以上、船に残ることが危険と判断したことは、忍として妥当といえた。だが。
「とにかく…」
 黙り込んだ自分を、部下たちがじっと見つめている。一門の棟梁として、ここは落ち着いて指示を下さねばならない。
「…土井が身を隠すとすれば、石山しかありえぬ。そこらじゅうに黒松の手の者がうようよしている中で、ひとまず身の安全を図るとすれば、石山しかない。とすれば、とにかく石山で土井を発見し、連れ戻さねばならぬ」
「しかし、石山からの街道筋は、黒松の手のものが張っております。相手も相当警戒していると見るべきでは」
 部下の一人が気がかりそうに意見する。
「黒松の手のものとは?」
「政所の手下にある深見一門の忍です」
「深見弾正か…」
 閑蔵は腕を組む。弾正と直接手合わせをしたことはなかったが、手段を択ばない残忍さで知られる忍集団である。通常の軍事部門である侍所ではなく、内政部門である政所所属ということでその行動が見えにくいということもまた厄介な相手だった。
「だが、街道筋を張っていても、裏道はいくらでもある。そこを押さえなくては意味がないのでは…」
 別の部下が言う。
「デモンストレーションじゃな、それは」
 しわがれ声に、全員が顔を上げる。今まで黙っていた長老の声だった。
「と申しますと…?」
 遠慮がちに部下が訊く。
「黒松勢の手のものをこれ見よがしに街道筋に配置する…つまり、海だけでなく、陸からも包囲しているのだと本願寺に見せつけるためじゃろう。ついでに、他の勢力にこの件に立ち入るなという警告も兼ねておるのであろう…どちらにしても、あまり深読みすべき動きではないということじゃ」
「さすが、長老殿」
 一座からため息が漏れる。
「そういうことだ。早速、石山に土井の探索隊を送り込む」
 長老の一言で場の雰囲気は一気に強気に変わった。心の中で長老に深く頭を下げながら、閑蔵は力強く宣言する。
「「はっ」」

 


「あまり、状況はよくありません」

 石山本願寺の首脳陣にも、困惑が広がっていた。
「門徒の様子は」
「はい…動揺が広がりつつあります。黒松領から逃散してきた門徒たちは、黒松の圧力に屈して引き渡されるのではないかと動揺しています。他の領地からの門徒たちにも、同じような懸念が広がりつつあります、それに」
「それに?」
「一揆の頭領だった者たちは、徹底抗戦を訴え始めており、同調する動きが出始めています」
「ふむ…危険だな」
「全く以って」
「だから、黒松殿からの書状にあんなゼロ回答などしない方がよいと申したものを」
 殿原の一人が、大仰に扇で顔をあおぎながら声を上げる。
「…」
 数人が押し黙って顔を伏せる。たしかに、海上封鎖のあとに黒松から突き付けられた文書に掲げられていた要求にゼロ回答をしたのは事実だった。だが、石山に逃げ込んだ一揆勢の引き渡しや室津船の臨検など、その当時としては到底受け入れられる内容ではなかったし、それは基本的には現在でも変わっていなかった。
 彼らの懸念が現実となり始めていた。
「そういえば、室津船の事情聴取はどうなった」
「はい。それが、特段変わったことはなかったとのことでした…ただ、黒松の城下で、予定していない長櫃が積み込まれたとのことで、確認したところ、中身は空だったとか」
「空の…長櫃?」
「なにか、表に出せない荷物か人間を運び出すのに使ったのでは?」
「はい。そう思って船のほうでも徹底的に調べたそうですが、不審人物も荷物も見つからなかったとか」
「とすると、ますます、黒松が強硬に臨検を求める理由が分かりませんな」
「ともかく、臨検を許す理由は、こちらにはない」
「門徒たちの間にも、強硬論が高まっています。ここで、我らの目前で臨検など許せば、とうてい収まりがつきますまい」
「それよりも、船を接岸させてしまったほうがいいのではありませんか」
「しかし、それでは黒松をいたく刺激しますぞ」
「それでもよい。このまま黒松との膠着状態が続くよりは」
「問題は、武具の在庫が少なくなっていることです。堺に発注はかけていますが、納品までには多少の時間がかかる。それまでの間は、黒松との全面的な衝突は避けるべきです」
「納品まではどれほどかかる」
「二、三日は」
「堺からここまで、一日もかからぬ距離ではないか。もっと急がせることはできないのか」
「堺にも在庫があまりないとのことで」
「そもそも、船に不審者がいなかったとはいえ、乗っていなかった証拠にはなるまい。危機を察して脱出したのではないのか」
「とすると、すでに我らの足元にいるということか?」
 執事たちは顔を見合わせる。石山本願寺の寺内町には、諸国の門徒たちが寄り集まって賑わっているが、それは一方で雑多な人間が交じり合っているということだった。また、諸大名と違って、街の統制が十分に取れているともいえなかったから、船から脱出した不審者が仮にもぐりこんだとして、それを探索することは困難だった。それは、自分たちの知らない間に、足元で黒松の手勢がひそかに彼らのお尋ね者を探索させることになる。

 

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