Even your dark smile(2)

 

 今日は学園の外での演習だ。例によって五年生同士の勝ち残りゲームだ。全員が全員の敵で、制限時間内に倒されなければ勝ちという、あっさりしたルールだ。敵に出会えば、ひたすら逃げるか、戦って倒すかのどちらかしかないが、同学年の連中ばかりで実力は分かってるから、出会えば戦う以外にありえない。倒すといっても、相手が参ったというまで追い詰めればそれでいいのだから、きっとまだまだ忍たま仕様のメニューなんだろうけど。
 その日の俺は、けっこう好調で、開始早々に三郎を倒すことができた。アイツは何も知らずに演習場に迷い込んだ農民に変装していたが、そんなの俺にはバレバレだ。だから、遠慮なく奇襲攻撃をかけて、アイツが自分の声に戻って参ったというまで締め上げてやったんだ。

 


 だけど、その後に、兵助にやられた。兵助は完全に気配を消していて、そしていきなり俺の前に出てきたんだ。いっそのこと奇襲でもかけてくれればよかったのに、堂々と俺の真っ正面にでてきて、いつものように落ち着き払った声で、「八左ヱ門、悪いな」って言ったんだ。
「おう。こっちこそ、勝負してやるぜ」
 って、俺は答えてやった。で、互いに苦無を構えて戦ったけど、なんかいつもと違って苦無がぶつかるたびに感じる兵助の腕の力の入り具合が、変だった。いつもとちがって余裕がないように俺には感じられた。
 俺の苦無が兵助の苦無を弾き飛ばすと、兵助は忍刀を抜いた。こっちも抜いてもよかったけど、そのスキを衝かれそうだったからやめた。兵助はむちゃくちゃに斬りかかってきて、俺が足元にほんのちょっとだけ気を取られた瞬間、苦無を弾き飛ばされた。俺が刀を抜こうとしたとき、足払いを食らって、倒された俺に馬乗りになって、喉元には兵助の刀が突きつけられていた。
「降参だ。負けたよ」
 俺は言ったけど、なぜか兵助は刀を突きつけたままだった。
「おい、兵助。降参だって言ってんだろ」
「そんなことはないだろう」
 ひやりとするような声で、兵助はいう。
「どういう…意味だよ」
「その手に持ってるのはなんだ…いざとなれば、一握りの砂だって目潰しの役には立つ。八左ヱ門が授業で習ったことは、僕も習ってるんだよ?」
 言われてみれば、俺は手に地面の砂を握り締めていた。それが敵の目潰しの役に立つことも、それで形勢逆転を図る余地があることも、確かに授業で習ったことだったけど、いちいち頭で考えなくても身体が勝手にやっていることだった。5年も忍術を学んでいれば、当然のことだ。
「わかったよ…」
 俺はゆっくりと手を開いた。それで、完全に手をパーにして、地面に大の字になった。
「これで分かるだろ。降参だ。もう好きにしやがれ」
 口惜しかったけど、こうとでも言わなければ、ホントに兵助に殺られる、と思った。俺は兵助が好きだし、ヤツのためならなんでもしてやりたいけど、まだ死にたくはなかったから。

 


 大の字になったまま俺は目をそらしていたけど、カチッと刀が鞘に納まる音がしたから、ゆっくりと兵助のほうを向いてみた。
 俺と目が合うと、兵助は、ごめん、と小さい声で言った。さっきまでの刀を突きつけていた凄みのある顔ではない。いつもの兵助の顔に戻っていた。
「いいさ。授業なんだから、真剣勝負で当然だろ」
「ああ。だけど…」
 いいかけて、兵助は口ごもった。
「なんだ?」
「僕は、八左ヱ門を…」
「気にすんなって」
「いや…」
 片膝をついたまま、兵助は俺に手を差しだして、身を起こすのを助けてくれた。それきり、面を伏せたままでいる。
「それにしても、調子の悪い兵助に負けるようじゃ、俺もまだまだだよな」
 俺には分かる。さっきの兵助の刀は、いつもの兵助ではなかった。あのむちゃくちゃな斬りかかりかたは、冷静で合理的な者の刀ではない。むしろケガをした小鳥を手にしたときの死にもの狂いの抵抗に似ていた。
「調子が悪いだって?」
「ああ。いつものお前なら、あんな余裕のない斬りかかりはしないからな。さっきのお前は、まるでケガした小鳥みたいだったぜ」
「はは…そんなことないさ」
 兵助が哂う。そういえば、学園で5年間、兵助と一緒だったけど、ヤツが腹から笑っているようなところは見たことがない。兵助はいつも、ちょっと翳のある微笑を浮かべるだけだ。このように声を上げるときは、だいたいわざとらしい作り笑いだ。
「それにしても、マジで殺られるかと思ったぜ。さっきの兵助の顔、ハンパなく怖かったんだからな」
 思いつめた表情のままでいる兵助に、俺は軽く言ってやった。
「そうだな。さっきの八左ヱ門の顔、本気で怯えてたからな」
 ようやく、兵助がうっすらと笑顔を浮かべる。
「なに。ちょっとビビっただけだよ」

「ほれ、兵助! お前、まだ勝ち残ってんだからはやく行けよ。でないと雷蔵たちに見つかるぞ」
 俺は思い切り兵助の肩を叩いてやった。
 痛いなあ、と言いながらも、兵助は小さく笑って、木立に姿を消した。
 

 さっき、俺の喉元に刃を突きつけていた兵助は、すごく冷たい声で、でもその顔はやっぱりなにかを我慢しているような暗い笑顔だった。そのとき俺は、怖いというより、むしろ可哀そうだと思った。アイツは、まだまだ何かをたくし込んでいる。それは、決して口にしないと決意しているものなのかもしれない。だけど、俺は、いつか聞いてやろうと思っている。もしかしたら、それが、アイツの心から感情を奪っているのかも知れないから。
 俺はいつか、兵助の心を自由にしてやりたい。


 そのためなら、何だって引き受けるつもりなんだぜ?

 

 

<FIN>

 

 

 

 

← Back